お侍様 小劇場

   “最強寒波も 何のその” (お侍 番外編 133)


この冬一番の厳寒、世に言う“最強寒波”が襲い来て、
各地で様々な事故が多発。
スキー場では急な吹雪による遭難が相次ぎ、
平野部でも、路面の凍結による交通関係の事故が頻発したそうで。
さすが“大寒”というところか…なんて感心してもいられない。
胃腸炎風邪とも呼ばれる、冬の食中毒を引き起こす
“ノロウィルス”が猛威を振るっていることが大々的に報じられているが、
当然のことながら、感冒やインフルエンザにも注意が必要。
温かくして ようよう寝てと、
健康管理に気をつけるよう、盛んに呼びかけられている そんな中だが、

 「……。」

浅藍に染まっていた空が、いつの間にか白々と明るくなっていて、
吐息が白くけぶるのを尚のこと際立たせている。
吸い込む空気の冷たさも格別だが、
防寒仕様のトレーニングウェアは風を通さないのでさほど堪えないし、
そも代謝がいいので動きにも支障はなく、
結果、ぐんぐんと温まって来て、額へうっすらと汗が滲むほど。

 「…。」

街灯がまだ灯っているほどに、
まだまだほとんど眠っている町は静か。
新聞配達のそれだろか、
ときおり遠くでスクーターの走行音がするくらい。
住宅街なため高層な建物もほぼなくて、見渡す空も広いし裳裾も低く。
地平線に見合う天蓋の縁から じわじわ茜色を帯びて来ているのは、
陽が昇りかかっているからだろう。
はっはっと規則正しい呼吸を保ちつつ、
軽やかな足取りでゆるやかな傾斜になっている舗道を駆ける。
特に毎日の日課とまでしてはないけれど、
早く起き出してしまったおりなど、
ご町内をぐるりと走って来るようにしてもいて。
自分と同じような年頃の層が少ない町でもなかろうが、
そういう年代は、
スポーツでも嗜んでいない限り、まずは早起きも苦手だろうから。
新学期が始まって間もない今頃だと、
受験生を例外に、大多数は温かい布団の中でまどろんでおいでだろう。

 “そういえば…。”

このランニングの途上に誰ぞとすれ違った覚えはないなぁと思ったのは、
たったったっと駆けているその先から、
耳当てのついたキャップを目深にかぶった、
やはりトレーニングウェア姿の人物がやって来たから。
上背のある人で、体格もいい男性のようだなと、
その程度の把握をしただけ。
勿論 顔見知りでなし、
会釈をして来たので同じような頷きを返そうとしたところ、

 「…っ!」

すれ違ったな、離れたなという意識をしたと同時という途端、
相手の気配が反転し、首と胸元へ腕を回された。
背中いっぱいに密着され、瞬間的に焦ったものの、
いわゆる迷惑行為、痴漢行為の一種
……というのではないらしいと素早く気づいたのは、
足が浮くほども高々と抱え上げられたから。
車が発信して来る音も拾え、
エンジン音が静かなのは、
充電式ハイブリット・カーだからかも知れぬ…と。
そこまでを把握出来た冷静さは、常からの心得あってのもの。
かぁっと頭に血が上り、舞い上がってしまっては
適切な判断も鈍り、結果として誤った対処をしかねぬし、
早急な行動こそが効果的な場合も多々ある訳で……と、
ごちゃごちゃしたことを連ねるのは後に回すとして。

 「…っ。」

それらを瞬時に断じるという、
冷静極まりない態度で周囲をざっと攫ったそのお人は、
先に連ねかかっていたように、まだ学生という若々しい身の上。
幼いころから十分な鍛練を積んでおいでなため、
その身はギュッと絞られているし、
一見すると単なる痩躯に見えもするがバネが違う。
よって、自分を羽交い締めもどきにして拘束している直接の攻撃者へ、
まずはと足をばたつかせて暴れてみて。
それでもびくともしないので、
そのまま主に後方へとかかとを蹴り出すようにして、
向こう脛を蹴ることで不意打ちを食らわせようと構えたけれど、

 “こやつ…。”

トレーニングウェアの下の脛部分へ、
サッカー選手が使う“シンガード”のようなすね当て装備をしているらしく、
基本の護身術は織り込み済みである模様。
そんなまで周到ともなると、
もはや個人単位の思惑でという襲撃では無さそうだし、
先程 走行音を拾った車が間近までやって来た気配もする。
すぐ傍らに停めては
防犯カメラにナンバーが映り込むことまで計算しているものか、
数メートルほど間合いがあったその上、
その車とは別口の伏兵もいたか、四方から駆け寄る存在もあったので、

 「……っ。」

頑丈な手合いならそれを利用するまで、
自身の上半身を“支えて”くれていると解釈し。
横へ渡された腕へこちらからも掴まると、
心持ち 身を引くようにしてバネを溜め、
僅かでも反動をつけてから ぐんっと前方へ身を躍らせる。

 「…っ、うあっ。」

呼吸というか“間”の取り方が絶妙であり、
無言のままでコトにあたろうと構えていただろ相手が、
思わず声を出したほどの突然の行動だったため、
逃がすものかと思うたか、
咄嗟に腕へ力を込めてくれたのもこの際は好都合というもので。
柔軟かつ、強靭な下肢を鞭のように振るっての蹴りは、
動きこそ単純だったけれど、
駆け込んで来た相手の顎を真下から蹴りあげた格好となり、

 「ぐがっ☆」

喩えでなくの本当に、視野に星のような銀の粒が散っただろう、
不意打ちプラス 途轍もない衝撃を与えたらしく。
そちらも物慣れて見える大の男が、
そのままその場へ頽れ落ちたほどの威力を発揮。
左右から来た手合いへは、
やはり拘束男の腕に掴まったまま片手を順番に離し、
渾身の手刀をそれぞれへ繰り出してあっさり撃沈…と、

 「な…っ!」

あまりの手際のよさへ、
そちらは車から降り立って来て続きかけた顔触れが、
ギョッとしたらしく立ちすくむ。
きっと手筈としては、襲撃班から対象人物を受け取り、
車へ引きずり込むという段取りにでもなっていたのだろうが。
そこがあっさり失敗しているその上、
襲った標的本人の繰り出した、
無駄のない抵抗の見事さのせいだとあって、
機転を利かすどころじゃあないほどの衝撃に身が凍っているらしく。
しかもしかも、

 「…ちょっと待て。」

標的を抱え込んでいた男が、
この展開へもだが、別なところへの違和感にも今頃気がついたらしく。
その腕をほどこうと仕掛かったそこへ、

 「…逃がさん。」

防寒ジャージのポケットから素早く取り出したのは、
スマホに装着する、イヤホンカバーらしき小さなピン状のもの。
それを相手の手の甲へ乗せると、
その上から がぶりっと噛みついたものだから、

 「うがぁっっ!」

ただ歯並びのいい歯で噛みつく以上の一点集中。
何で知っていたものか、痛いツボの真上からという、
地味だがとんでもない反撃を浴びせられ、
バッと勢いよく手を離したそのまま、彼もまた冷たい地べたへへたり込む。
そんな連中がバタバタ崩れ落ちている舗道を、
今しも上って来た朝日がすがすがしく照らし出していて、

 「…っ!」

そんな惨状を見て取って、
これは作戦失敗かとさすがに判断したのだろう、
乗り付けられた車が駆け出しかけたらしかったけれど。
後方にいつの間にか、それこそ音もなく停車していたボックスカーがあり。
げぇっと焦っておれば、そんな車とそれから、襲撃犯とをそれぞれに、
印象は地味ながら、こんな時間に何でこの頭数いるのという数で取り囲む、
作業服姿の男性たちが現れており。

 「ま、待てよ。俺らも相手を間違えた、あんた男の子だったんだな。」

最初に取り付いた襲撃者が、
尻餅をついたまま慌てて後ずさりをしつつ、
間違えたあんたには遺恨は元より攫う理由も何もないと、
見苦しい言い訳をまくし立てかけたものの。

 「……。」

軽やかな金の髪に白皙の風貌。
玻璃玉のような透いた双眸を冷たく凍らせ、
それは鋭角な顔立ちも麗しい、
島田さんチの久蔵坊っちゃんが、

 肉薄な口元に指を立ててのいわく、

 「近所迷惑だ。」

静かに放ったそんな一言が、どういう指示命令になっていたものか。
周囲を取り囲んでいた面々が、
一斉に掴み掛かっての全員を取り押さえ、
自分たちが乗って来たそれだったのだろ、ボックスカーに放り込み、
変則的ながら“雪隠詰め”にした車のほうも、
ドライバーには肘撃ち一閃で眠っていただくと車ごと移動させての、
世はなべてコトもなく……






 大体、人間違いしたなんてのが、
 どういう言い訳になると思ったんでしょうね。
 間違えていなければ、
 そんな相手を無理から略取する気満々だったんでしょうに。
 ええ、はい、
 久蔵様に激似のお嬢様がおいでだそうで、(…笑)
 そちら様こそが彼らが誘拐せんとした標的だったらしいです。
 同じM区の、そう遠いお住まいでもないことと、
 冬休みに捜し当てての監視をしていたので
 制服姿じゃなかったことも影響したか、
 本人確認の段階で既に取り違えていたらしく。
 そちらのお嬢様も、寡黙で落ち着いた気性をなさっておいでで、
 あんまり表情豊かに弾けることが少ないそうで。
 それで、冷静沈着な久蔵様と重なる部分も余計に多かったらしいですね。
 はい、体も鍛えておいでだそうで、
 ほっそりとした体躯の楚々とした令嬢だと思ってかかっていたら、
 多少は痛い目を見たかもですが、

 【こんな言い方も何ですが、
  久蔵様をその人と間違えたというのは、
  間抜けも間抜けな一味に違いなく。
  そんな間抜けな連中に攫われなくて、
  尚もってよかったことですよね。】

お友達からの電話を装い、
そのくせ内容は結構恐ろしい次第を聞いていた
島田さんチの次男坊。
イブキくんからの伝達へ、無言のままに相槌を打ち、

 【では、詳細は追って高階様が。】

判りやすい返答がないことには慣れもあるものか、
極めて歯切れよく、最新情報のご報告を取り急ぎもたらしたらしい、
そんな若いのからの連絡を、うむと頷きつつ切ったところで、

 「久蔵殿、そろそろ出ないと遅れますよ?」

もうすっかりと明るいリビングまで、
お弁当の包みを手にやって来て、
それは優しい声をかけてくれた七郎次だったのへ、

 「………うん。」

こちらへは素直に いいお返事をし、
小さな端末を制服のポッケへ収めると、
傍らに置いていたバッグへ受け取った包みを丁寧に入れるのも
どこか楽しそうな彼であり。
そんな久蔵の様子を、微笑ましいなと目許を甘くたわませ眺めやり、
先んじてコートを手にして、
ほらどうぞと袖を入れるよう促すおっ母様。

 「今日は大寒でしたから、明け方は寒かったでしょうに。
  どら、もう温まってますか?」

こんな朝だというに、時々のジョギングを構えたらしいのへ、
まあまあまあと悲鳴に近い声あげて、
家へ迎え入れてくれたそれからのずっと、
次男坊の白い手を何度も何度も
自分の優しい手で包んでくださるおっ母様。
わあ、これは思わぬ賜り物だと、
ついつい頬を染めたの、家長様から見とがめられたが、

 「…♪」

照れるどころか目の端でちらり微笑った余裕が、

 “成長といや成長かも知れぬわな。”

何をどこまで御存知か、刮目ののち くくと苦笑したほど、
却って可笑しかったらしい勘兵衛を後に残し、
お見送りの七郎次と共に玄関へ向かった久蔵殿で。
いやはや、こちらのお宅では、
この程度の騒ぎなぞ、
ちょっと強い風が吹いた程度のことなのかも知れません。
かくの如く、何ともややこしい方々ですが、
どうか今年こそ 穏やかにお過ごしを…。





    〜Fine〜  14.01.20.


  *エコカーのことを“ハイブリット・カー”とも言うというのが
   なかなか出て来なくて冷や汗ものでした。
   お正月ボケですかねぇ。(う〜ん違うかも…)

   それはともかく。

   抵抗のさなかに、
   しゃこんっと 特殊警棒を出させかけ、
   ああ違う違うと慌てて書き直したほどに
   そっくりらしいです、次男坊とヒサコ様。(おいおい)
   つか、ヒサコ様に襲い掛かっていても、
   手ごわい護衛が付いてますので、結果は同じだったかも。
   しかも、もちょっとにぎやかに、お騒がせ仕立てにすることで
   今後しばらくは寄り付きにくくするという
   プロ仕様の対処にするものと思われます。
   う〜ん、闇に葬られるのと、
   果たしてどっちがいいものやらですが。(怖)

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